ken's blog from Japan

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火曜日, 12月 09, 2003

【news 29】落選して1カ月が経過しても自分のWebサイトを「衆議院議員」の状態から更新しない藤島正之「前」議員はコネ採用を自慢している

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ちょうど今から1カ月前の11月9日、衆議院議員選挙が開かれた。自民党辛勝、民主党中躍進という結果をご記憶の方も多いだろう。選挙戦を勝ち抜いた政治家もいれば、残念ながら落選してしまった政治家もいる。今回のnewsで取り上げるのは、落選したショックがあまりに大きかったのか、選挙から1カ月が経過しても、衆議院の肩書きのままになっている自分のWebサイトを、未だに変更していない藤島正之(選挙ポスターでは「ふじしま正之」、ご本人のWebサイトからポスター?の画像は引用しました)氏の、自分の過去についての不思議な感覚について報告したい。

同氏のWebサイトのトップページによれば、ふじしま氏の経歴は以下のようなものだ。



昭和18年柏崎市生まれの60歳。柏崎商業・中央大学卒後、司法試験・国家公務員上級職合格ののち防衛庁入庁、平成10年事務次官目前の官房長職を退き、平成12年衆議院議員に。ふじしま正之は衆議員1期目の九州全8県比例区から、「新潟のためにお役に立ちたい」と願い、ふるさと2区に戻りました。防衛庁出身のふじしま正之は今までの代議士と違います。




立派なご経歴である。自由党を離党して、前回の衆議院総選挙に無所属で立候補したふじしま氏はまた、あの田中真紀子前外務大臣の応援を受けた政治家でもあった。立派な人である。

拉致問題にも真剣に取り組んでいらっしゃる。氏のWebサイトには、拉致被害者の蓮池薫さん、祐木子さんご夫妻のすぐ横に座って、蓮池さんの母校が出場した2003年の春の選抜野球を観戦する姿も写真付きで公開されている。ますます立派な人である。

実はふじしま氏のWebサイトのトップページには、「田中角栄先生」と題したページがあり、トップページのリンクから飛ぶこともできる。ここで、ふじしま氏は、「田中角栄先生との出会い」について熱く語っていらっしゃる。たとえば、その内容は以下の通りである。



最初の出会い

【昭和41年8月】
公務員上級職試験に合格して防衛庁に就職を希望し、田中先生(当時、自由民主党幹事長)に目白の自宅で初めてお目にかかって

田中先生 (藤島の履歴書を見ながら)
「夜学か随分苦労しているんだな」
(秘書に対して)すぐに
「防衛庁の官房長を呼び出して」
(防衛庁の官房長に対して)
「うちの選挙区のもので、苦労して試験を通ったのがいるんで役に立つと思うんで採用を考えてやってくれ」
(藤島に対して)
「すぐに防衛庁に行って官房長に会いなさい」
(翌年四月防衛庁に入庁以後三十二年間勤めることになった)




あのー、熱いのは分かるんですけどー、これって自分が政治家のコネで防衛庁に就職したっていうカミングアウトなんじゃないでしょうかー。上級公務員というのは、政治家のコネを使って就職していいんでしょうか?少なくとも、インターネットで世界に向けて公開するようなことなんでしょうか??何なんでしょうか???

コネ採用という、通常ならあまり公にしたくない事実をあえてふじしま氏が大々的に公開している理由は不明である。

ちなみに、ふじしま氏のWebサイトには「著書のご紹介」というページもあり、ここもやはりトップページのリンクから飛ぶこともできる。
そのページの冒頭には「- 空に海に陸に - 国防にかけたロマン」と書いてあるのだが、なぜかそのすぐ下にあるふじしま氏の著書の名前は「- 空に海に陸に - 防衛にかけたロマン」となっている。なぜ、この二つの名前が違っているのか、その理由もまた不明である。

いやー、やっぱblogに限らずWebサイトはマメに更新すべきですな。と藤島前議員のWebサイトを見て痛感したkenである。それに、あれなんでしょうね、異性をくどくときもマメな方がいいんでしょうね。マメな方が・・・はー